2017年4月27日 (木)

日記のようなもの・・・ある美術展

その1 新日春展

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古い友人で関西在住の、若手女流日本画家から招待状を頂いた。
久々に東京の美展に入選したので、お越し頂けたら嬉しいですと。
日本画と洋画は、主に素材の違いであるらしい。
行かにゃぁなるめぇと最終日の24日、上野の都美術館に出かけた。
この美展は撮影自由なのも嬉しい。
ボリュームもさることながら、作品のグレードが高い。
「アフリカン・ドラムズ」は、まさしく彼女の絵だ。
もう一つは印象に残った「マリンスノー」という、オウムガイを描いたもの。
楽しめた。
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その2 クルーズトレイン

昨日のTVニュースで、JR東日本が5月1日から運行する、クルーズトレイン四季島が紹介されていた。
最上級のスイートには、何と列車内にヒノキ風呂まである。Photo_2
コースと客室にもよるが、最高は一人115万円。
すでに来年3月末まで完売とか。
私はテッちゃんだが、これに乗るくらいならクルーズ船にする。
だって鈍行に乗っても、沿線風景は同じだから。
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その3 大臣辞任

政治の話はしないのだが、ある大臣が辞任した。
させられた、と言った方が良いかも。
言っていることは判らぬでもない。
東日本地震が首都圏だったら、被害はもっと甚大・・・は、誰でも思う。
でも、この大臣は尊大で、言葉使いを知らない。ましてや二度目ともなれば・・・。
しかし、言葉尻をとらえて責め立てる、野党やマスコミも知恵がない。
もっと本質を、真剣に議論して欲しいものだ。

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2017年4月23日 (日)

左ひらめの右カレイ・・・第87作まこがれい

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獰猛でおっかない顔のヒラメの方が、描くのに魅力があったのですが、ただ右向きにしたかっただけ。
かれいもひらめも幼魚の内は、普通に泳いでいて目も両側にあります。
思春期の頃?から、片方の目が移動して裏表がはっきりします。
海底に横たわり、こう描くしか方法がありません。871



ひらめは舌平目くらいであまり種類はありませんが、かれいは多くの種類がおり、マコガレイはその代表格です。
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大変美味ですが、お刺身はひらめに比べて、やや淡白かも。
写真はヒラメの顔(つい先日撮影したもの)と制作途中、それに彩色完了で、白い斑点は無い個体もあります。

完成品はアルバムにアップしてあります。
よろしかったら、どうぞお立寄りを。
http://rusmina-2.cocolog-nifty.com/photos/pcsuisai/87.html

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2017年4月15日 (土)

日記のようなもの・・・下町ミニ散歩・上野公園

その1 歴史講座

NHKとJR東日本の共同企画「戦国史最前線」の徳川家康編が、4月7日にスタート、9月までの半年間で毎月1回。
主任講師は共立女子大の堀新教授。受講生は歴史好きなシニアおよそ20名。場所は青山のNHK文化センター。
初回は家康側から見た桶狭間の戦い。面白かった。
豊臣秀吉編、織田信長編と続けば、出ない訳には行かない。

その2 お花見

上野公園は桜が満開で、まさしく見ごろ。
そこここで宴たけなわだが、ひところの様な傍若無人な酔っ払いは、あまり見かけなくなった。
足が痛いのと雑踏に辟易して、東京都美術館を訪れた。
このあたりまで来ると、混雑も収まってくる。
「モダンアート展」に入ってみた。
抽象画も好きだが、いささか斬新過ぎてなじめなかった。

その3 航空発祥記念館

C464月13日(木) 埼玉県所沢市にある航空発祥記念館を、久方ぶりに訪れた。
航空公園の桜はいささか盛りが過ぎていたが、館内はすいていて楽しめた。
1階ホールには沢山の歴史的な航空機が展示されているが、富士重工製のジェット練習機T-1Aは、レプリカの97式戦闘機に代っていた。
本館の前に展示されている、カーチスC-46コマンド輸送機は、私が初めて乗った飛行機で懐かしい。よく手入れされているようだった。

写真は都美術館全景とチケット、彫刻のようなもの?

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2017年4月 9日 (日)

ヘリコプター・エッセイ(67)

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日本唯一のヘリコプター専門誌「ヘリコプター・ジャパン」(発行㈱タクトワン)に、連載記事を執筆して、もう67回になりました。
警察や消防など公共用ヘリコプターを中心にした、プロ向けの雑誌ですが、今回は判り易い内容ですのでご紹介しましょう。
B-5版2ページの記事です。2017年2・3月合併号に掲載されました。
著作権は私が保有し、編集部の了解は頂いておりますが、無断転載などはご遠慮ください。

写真はその記事(本名で執筆しています)、初代S-76A(副操縦席が私です)、大阪舞洲ヘリポートを離陸するSA365Nヘリコプターで、私が撮影したものです。
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       「取材中のヘリは何故脚を降ろす?」

        *** ヘリコプター引込脚のあれこれ ***
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 ある人からこんな質問を受けました。「取材飛行中の引込脚のヘリコプターは、必ず脚を降ろしていますが、何故ですか」
 これは大変良い質問です。案外クルーでないと判らないかも知れません。
 信じにくいかも知れませんが、ヘリコプターに限らず、引込脚の機体で着陸時に脚を出し忘れて胴体着陸する例は、意外に多いのです。
 今回は脚の出し忘れに限らず、航空機の引込脚にまつわるあれこれです。

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 毎年正月恒例の大学対抗箱根駅伝、ドローンが普及しているとはいえ有人ヘリコプターが活躍していて、雄大でリアルな迫力ある画面を楽しませてくれます。
 低空低速で取材と生中継をしている機体は、当然ながらテレビ画面にはあまり登場しません。
 マラソンや駅伝に限らず、捜索救助などでも低空低速飛行している引込脚のヘリコプターは、例外なく脚をダウンさせています。
 これは何故でしょうか。

 以前ですが石川県小松空港で、航空自衛隊のF-15戦闘機が胴体着陸したことがありました。
 この時の操縦士は指導教官で編隊長の、ベテランパイロットです。機体に特に不具合は無く、原因は脚の出し忘れ。幸い大事にはなりませんでした。

 私は一時期、岩手県の花巻空港で勤務していたことがあります。
この時プロペラの小型単発機(ビーチクラフトだったと思います)が、ランウエイに胴体着陸しました。
 これも原因は脚の出し忘れ。乗員に怪我はなく、火災も発生しませんでした。
私は空港事務所からの依頼を受けて機体を調査しましたが、ギアレバーはアップのままです。

 ヘリコプターでも接地して見たら、いつもより低い事に気が付いて再浮上し、改めてギアダウンして着陸した実例を知っています。
ヘリコプターでは脚が出ていないで着陸したら、転倒して大事故は免れません。
 このように、着陸時にギアダウンを忘れて胴体着陸した事例は、結構あります。

 固定翼機ヘリコプターを問わず、引込脚の機体では脚の出し忘れ防止のため、二重三重にもアラート(警告装置)を設けています。
 もちろん飛行規程には着陸前点検が規定され、チェックリストも備えられています。
どんな警告装置があるのでしょうか。

S76 機種によって多少の違いはありますが、私の経験したシコルスキーS-76とアエロスパシアル(現エアバス)AS365ヘリコプターを例にしてお話しましょう。
 まず共通しているのは機速が規定以下(S-76は40kts、AS365は55kts)になると、計器盤に独立したコーションライトが点灯し、警告ブザーが鳴ります。
 この音はヘッドセットにも入り、通常はコックピットからは消せません。ちょっと驚くくらいのかなり大きな音です。
 整備上の必要などで、不作動にするには電気室のサーキットブレーカーで切ります。
 固定翼機のある機種では、さらに操縦桿に振動を与えて操縦士に警告します。

 これほどの脚忘れ防止策がなされているにもかかわらず、出し忘れ事故が発生するのは、基本を守ること、つまりプリランデイングチェックがいかに大事か、がわかります。
 さらに最新のGPWS(対地接近警報装置)も、装備されていれば作動するでしょう。

 S-76では計器盤上に独立して3個のグリーンライトがあり、ギアダウンしてロックされると点灯し、ギアアップして途中経過時は点滅し、格納されアップロックすると消灯します。
 AS365は独立した計器の中に、下向きの3個の矢印ライトとオレンジのライトがあり、同様にダウンロックするとグリーンの矢印が点灯します。途中ではオレンジが点きます。

 着陸前点検項目はそれほど多くはありません。その中に“ギアスリーグリーン”とあるのはそのためです。
 通常は副操縦士又は整備士がチェックリストを読み上げ、機長が確認します。

 ここまで見てくると、低空低速の機体が脚を降ろしている理由は判りますね。
 脚上げしていると警告ブザーが鳴り、交信に支障きたすからなのです。当然ギアダウンすれば警告音は止ります。
 これは案外クルーでないと判らないかも知れません。

 逆に脚が出なかったら、これは怖いです。
 私がS-76Aで経験した実例をご紹介しましょう。あるVIPの専属クルーをしていた時のことです。

 VIPを乗せて新潟県の場外離着陸場に着陸しようとした時、左のグリーンライトが点きません。
機長はゆっくり旋回して時間を稼ぎ、私は何度かアップダウンを繰り返しました。
ギアレバーを握る手が、汗ばんできたような気がします。
 警告ブザーは鳴らないのですが、やはりランプは点きません。
地上からは脚は出ているが、ロックされているかどうかは判らないと言います。
 何度か繰り返すうち、ダウンしたらスコンという感じで点灯しました。
着陸してVIPが去ってから、どっと疲れが出たのを覚えています。
 もちろん帰投後徹底して調べたのは、言うまでもありません。
結局左のライト自体の接触不良でした。

As365n 引込脚に関して、あわや大事故になるところだったもう一つの経験があります。
 着陸前点検項目の重要な一つに、パーキングブレーキOFFの確認があります。
 SA365N(SAはアエロスパシアルの前身でシュッドアビエーションの略)で、大阪八尾空港に着陸の時でした。

 プリランデイングチェックで、パーキングブレーキオフと読み上げた私は、接近してきた小型機に気を取られ、機長がOFFを確認したと思っていました。
 機長は滑走路に滑走着陸しましたが、ブレーキが効いていたため大きくつんのめり、危うく転倒するところでした。
 機長はとっさにピッチレバーを引いて浮揚させ、私はブレーキレバーを解除し、正常に着陸しましたがまさしく危機一髪でした。
 これも基本をおろそかにした、慣れによる注意不足の他はありません。

 どちらも息の長いヘリコプターで、S-76は私の当時はA型でしたが最新型はD型となり、SA365NはAS365N3に発展して、現在も活躍しているのはご存じの通りです。

                                       (了)     2017.03.07

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2017年4月 1日 (土)

この歳でスカウトされた!

Photo先日電車内で、吊革につかまる私の手をしげしげと眺める紳士がいた。
60歳前後だろうか、中肉中背で温厚そうだが目付きが鋭い。
やがて話しかけてきた。
「失礼ですが、とてもいい指をお持ちですね。綺麗な指です」
そう言えば昔、バーで飲んでいてカウンターの女性から素敵な指ねー、なんて言われたことがある。
「稼げる指ですよ。ご年配のようですので、相当な修行は必要ですが、資本は要りません。気が向いたら、是非ご連絡ください」
と名刺をくれた。

全日本スリ協会理事長
第7代 仕立屋 銀二

写真はネットより借用。

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2017年3月28日 (火)

エッセイ 「会おうか会うまいか」

私の通う文章教室は、実に多彩なメンバーで現役の劇団女優から、元SLの機関士もいます。
その中で私大の女性教授が、大学から派遣されてイギリスのケンブリッジ大学に、1年間留学することになりました。
先週土曜日(3月25日)の教室後、池袋のいつもの居酒屋で、有志がささやかな壮行会をしました。
この教室で発表した作品で、ちょっと艶っぽいお話です。

この話は、以前にも作品にしたことがあり、日記にアップしてあります。
よろしかったら、こちらにもどうぞ。
http://rusmina-2.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/0049-b75f.html
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       ***** 「会おうか会うまいか」 *****
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 昨秋久方ぶりに京都を訪れた。
 目的はリニューアルされた京都鉄道博物館と、新しく出来た京都水族館。京都東急ホテルで三泊四日の、フリープランのツアーを使った。

 京都駅西方の梅小路公園にある鉄道博物館は、もともと蒸気機関車館としてテッちゃんには人気が高い。
増設された本館も充実していて、大宮や名古屋と共に鉄道博物館の代表と言える。
 同じ公園の一角に登場した水族館は、ちょっと地味な感じ。建物は立派で充分に広さもあり、内容も充実してはいるが、何となく華やかさが無い。

 2脚が痛いので、翌日は定期観光バスに乗った。定番コースだが、懐かしい京都の名所を、ガイド付きで巡るのも悪くない。
清水寺、嵐山、金閣寺など、何度も訪れているのだが。

 バスは市内の名所を巡って、午後の早い時間に京都駅前で終了した。この後、私には行きたいところがある。東山の南禅寺だ。
 そして会いたい人がいる。

 現役時代、長く大阪に単身赴任していた私は歴史が好きで、京都はしばしば訪れた。
 その折に知り合った彼女は、小柄で目のきれいな人だった。琴と日本舞踊のお師匠さんだという。
 普段はヘルメットとミニスカートで、ゼロハンバイクで京都市内を駆け回っている。

 その後二カ月に一度くらい会って、南禅寺あたりを歩いたが、お互い全く違う世界にいるせいか、話すとひどく新鮮に感じる。
平家物語の書き出しにある、沙羅双樹の花を教えてくれたのは彼女だった。
 友達以上恋人未満のお付き合いが、二年くらい続いた。

 珍しく彼女の方から誘いがあって、息子が現役で東大に合格したという。河原町で会って、まだ見ぬ息子に乾杯した。
あまりお酒の強くない彼女は、ポーッと頬を染めている。

 Photoある年の三月、私は東京に帰ることになった。
 会って南禅寺を歩いたが、おきゃんな彼女がいつになく口数が少ない。
豆腐好きだが、名物の湯豆腐にもあまり手を付けず、「寂しゅうなりやすな」とポツリと漏らす。
 湯豆腐に添えられた椿の花が美しかった。

 それ以来会っていないが、年賀状は毎年交換している。
 彼女の年賀状は達筆な手書きだったが、近年はパソコンになった。
 毎回一筆添え書きがある。

 最後の夜、ふらりと入った河原町の居酒屋「赤いひつじ」で、京都のおばんざいを肴に飲みながら、連絡しようかどうか、私はまだ迷っていた。
 居心地の良い店で酒が進む。
 この旅の始まる前から迷っていたが、結局連絡はしなかった。
 思い出は思い出のままの方が良い。
                                             (了)

 課題‐1 「出会いと別れ」 1080字 2017.03.17

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2017年3月19日 (日)

恋魚・・・第86作 まとうだい

11第11作で描きましたが、再度トライするのは、やっぱり恋魚だからでしょうか。
新旧対比でいつもの倍の手間をかけて、集大成にしたつもりですが、何か物足りません。

写真は制作途中と、ドイツの友人に送った英文記載の第11作です。旧作は稚拙ながら、とぼけた良い味をだしていると思っています。
彼のオフィスを飾っているでしょう。

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舞台の名脇役を思わせる風貌ですが、肉食でエビや小魚を、大きな口で丸863
呑みします。
フランス料理では高級食材だそうですか、味は非常に淡白で、刺身はそれほど美味とは申せません。
大きいものは50㎝位になるようです。

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完成品は例によってアルバムにアップしてあります。
よろしかったら、どうぞお立寄り下さい。
http://rusmina-2.cocolog-nifty.com/photos/pcsuisai/86.html

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2017年3月15日 (水)

エッセイ 「再会まとうだい」

86初期のころ描いた「まとうだい」ですが、もう一度描いてみたいと思っていました。
目下第86作として、取り掛かっています。
エッセイにも2002年の作品で、続編がありました。
写真はその折のものと、イメージから描いたラフスケッチ、それに完成した下書きです。
少し細部まで描き過ぎました。彩色が大変です。
まさしく ”恋魚” ですな。

    ***** 「再会まとうだい」 *****

 この夏、親孝行と称して宮城県の実家に車ごと女房を返していた私は、にわか独身を楽しみつつもお盆も休まず働いていた。
 いるとうるさいし、いないと不便なのが女房というもので8月末の金曜日、仕事を終えてから最終の新幹線に飛び乗って迎えに行った。

 帰路は磐越道をたどり、いわき市で一泊した。
 ここにある大型水族館「アクアマリンふくしま」は近年オープンして、ショーなどはないが内容が充実しているのが、私のような水族館マニアには嬉しい。
 世界最初に生きたサンマの展示に成功したことで、専門家は高い評価を与えている。
特殊な水槽技術を採用して、写真撮影が自由というのもありがたい。

Photo 「以前来たでしょ?」と言う女房殿を口説き落として、恋魚? に会いに入った。一年ぶりに再会する「まとうだい」である。
 深場の磯魚である彼女? は、この前と同じく独立した水槽に一匹でいた。
はにかんでいるのか、愛嬌のある顔を岩陰に隠してなかなか写真を撮らせてくれない。
 
 デジタルカメラは良く撮れるのだが、シャッターにタイムラグがあるため一瞬の動きを捉え
にくい。
それやこれやで小一時間も粘って、カメラの電池が切れるまで撮り続けた。写真を加工して、年賀状に使おう。
 水彩画をやってる女房殿は、どこかでスケッチでもしてるだろう。

 市街から外れた小高い丘の公園にあるホテルから、白亜の塩屋崎灯台が見える。861
「行ってみよう」となって、車を向けた。美空ひばりの最後の名曲「みだれ髪」に唄われ、観光客が絶えない。
 歌碑の前で今度は、ひばりファンの女房殿がフリーズしてしまった。

 あたりは海水浴場になっていて、海はきれいだが流石に太平洋で波が荒い。陽射しは強いのだが、灯台の上の白雲に秋色を感じる。
 木陰でスケッチしている女房を置いて、デジカメ片手に海岸をぶらぶら。
 バーベキューをしているアジア系らしい一団の、グラマーなビキニの美女たちに見とれていたら、いつのまに忍び寄ったのか女房に耳を引っ張られた。

 昼食によった小名浜市内の寿司屋では、珍しい地魚を出してくれた。
まんぼう、黒ソイ、めひかり、どんこ、のどぐろ、それにサンマ。どれも新鮮で美味しかったが、これらを全部知ってたら相当なお魚博士だろう。

 ゆく夏を惜しみ、海を楽しみ、お魚を堪能した南東北一泊の旅であった。
                                               (了)
    課題-3「ゆく夏」 (1000字) 2002.09.03 

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2017年3月 9日 (木)

痛ましい長野県防災ヘリの事故

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3月5日に起きた防災ヘリコプターの事故は、本当に痛ましいとしか言いようがありません。
亡くなられた方々のご冥福を、お祈り申し上げます。

警察や消防は自主運航ですが、防災ヘリやドクターヘリは民間会社に運航を委託することが多いようです。
長野県は自主運航でしたが、隣接する富山県は民間委託しています。(当然クルーは長野県職員となります)

事故機のベル412型は中型の双発タービンヘリで、防災だけでなく警察や民間などで広く使われている、息の長いヘリコプターです。
長野県機はその最新型でした。

412ja119l一般に飛行時間の短いヘリコプターで、累計飛行時間5200時間はヘリパイロットとして大ベテランと言えましょう。
副操縦席の整備士も、45歳で見張りや誘導、各種操作に熟練した、働き盛りと申せます。

原因解明は今後の調査を待つとして、報道やネットニュースなどからすると、狭隘な斜面の立ち木に接触したようです。
標高は1500~1800m位。
一般にタービンヘリは、気温や標高が高いとエンジン出力が低下します。
ベル412は出力の余裕が大きく、高所の山岳捜索や救助に適した機種と言えます。

ベテランのクルーが、それも本番救助ではなく訓練で、なぜそれほどギリギリまで木立に接近したのか。
現在までのニュースでは、当時の気象に問題や機体の不具合などは無いようです。

あくまでも推測ですが、山岳地の複雑な気流・風向と関係して、セットリング・ウィズパワー(プロはパワー・セットリングと呼びます)に遭遇し、
操縦困難に陥り立ち木に接触したのではないか。
パワー・セットリングは、地形や風向その他が複雑に融合してまれに偶発する、ヘリコプター特有の現象です。
10年位前の奈良防災の事故は、これだと言われています。

かなり時間はかかるでしょうが、最終的な事故報告書は国土交通省から発表されます。ネット上で公開され、誰でも見ることが出来ます。

写真は私のブログファンから頂いた、ベル412の同型機です。
操縦士も整備士も、ヘリコプターには国家試験資格に加えて型式限定があり、機種ごとに試験を受け直さなければなりません。
私もこの機種の資格を持っております。

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2017年3月 7日 (火)

日記のようなもの・・・下町ミニ散歩・錦糸町

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3月3日はひな祭り。
NHK文化センターの歴史講座「戦国史最前線」は、今期織田信長編の最終回。
4月からは徳川家康編です。
その後フラリと錦糸町を訪れました。
文化センターのある青山一丁目からは、地下鉄1本で行けます。便利になりました。

その1 本能寺の変

戦国史最大の謎とされる本能寺の変。
明智光秀をして信長を討たせた要因は何か。
学会には諸説あるようですが、講師はそれぞれを解説しました。
話として面白いのは朝廷黒幕説。
朝廷がそそのかして、光秀を謀反に走らせたというのですが、歴史的には無理があるようです。
講師は「自分としては、光秀に天下への野望があったのではないか」というのですが。
それにしては、その後の光秀の行動は、あまりにも粗雑です・・・これは私の説?

その2 錦糸町

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私の実家は東京亀戸にありました。
社会人になるまで過ごし、亀戸や錦糸町は縄張りでした。
ゆっくり歩いたのは、全く久方ぶりです。
駅前の映画館街(東京楽天地)は、子供のころは江東楽天地と言ってました。
JR錦糸町駅のガードの向こうに、スカイツリーが大きく見えます。
昔はここに貨物の引き込み線があって、SLが貨車の入れ替えをしていました。
この向こうには広大な錦糸公園があって、新聞社のヘリコプターが着陸したのが、私が見た最初です。
まさか一生の仕事になったとは。
当然のことながらすっかり変わって綺麗になった駅前ですが、大きな魚屋の魚寅は健在でした。Photo_3
ただ店内はガラスケースで、トレーに入った商品ばかりで、面白くありません。
横丁にあった大きな居酒屋「東亜の酒蔵」は、立ち食いそばになっていました。

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